時間列車

2010年10月5日――

 少年はいつものごとく通学の為に東小泉駅から列車に乗る。行き先は太田駅。そこで路線を乗り換え、赤城行きの列車に乗る。高校1年である彼の学校は、列車で約1時間程の新桐生駅の最寄にある。
 少年の名は上野悠夜(かみつけ ゆうや)。変わり者であるが、一介の高校生である。

 電車が太田駅に着くと、悠夜は急いで駅の階段を駆け下りる。乗り換える列車は一個隣のホームであり、高架駅である太田駅では一度地上に降りて、再び階段を登らなければならない。だが、その列車は通学時間のクセに、乗り換え待ち時間が5分と結構シビアである。
階段を駆け上がる悠夜の前に、待ってましたとばかりに出迎える少女がいた。少女の名は虹口遙乃(にじぐち すみの)。悠夜の一つ年上の高校2年生である。彼らは同じ路線を使う者同士、中学の頃から仲が良かった。

「あれ?剣一の奴は居ないんですか?」
悠夜は遙乃に尋ねる。剣一とは悠夜の同級生である宮永剣一(みやなが けんいち)のことである。悠夜と遙乃は別路線から乗り換え、剣一は太田駅から乗るということで、彼らが顔を合わせるのは日課のようなものである。
「私が来たときには見ませんでしたよ。」
「あいつ風邪でも引いたんですかね?」
「そうかもしれないですね。最近流行ってるそうですから。」
いつも居るはずの剣一が居ないというのも珍しいことである。彼は高校に入ってから未だ無遅刻無欠席を保っていたのだから。
そうして悠夜と遙乃は、何も疑問を抱くことなく、いつものごとく赤城行きの列車に乗るのだった。




 「間もなく新桐生。新桐生です。御降りのお客様はお手回り品を確認の上、降りる準備をしてお待ちください――」
アナウンスに悠夜は目を覚ます。どうやら眠ってしまっていたらしい。
隣を見ると、遙乃も眠っていた。(夜更かししたつもりは無いんだがな・・・・)そう思いつつも、降りる新桐生駅が近いので遙乃を起こすことにした。
「あれ?ここは・・・・」
「もうすぐ新桐生ですよ、先輩。」
「眠ってしまったみたいですね・・・。夜更かししたつもりはないんですけど。」
同じことを言う遙乃。
それに悠夜は笑ってしまった。
「ははははは!」
「何を笑ってるんですか!?」
「いやね、先輩が俺と全く同じことを言うもんだからさ。」
「??」
「俺も夜更かししたしたつもりはないんですけど、眠っちゃってたみたいで」
「新桐生。新桐生です――」
アナウンスに会話がさえぎられる。
「やべっ。降りましょう先輩。」
そう言って二人は電車を降りた。

新桐生駅は二つの路線を覆うようにホームが設置されていて、彼らの乗る下り列車は改札口から反対側のホームに到着する。そこから改札口まではトンネルを通って線路を渡る。そして雑談を交わしながらトンネルを通って改札口のあるホームに出たとき、悠夜はわずかな違和感を覚えた。どことなく、景色がいつもと違うように思えたのだ。
その違和感は、改札口を出ると疑問に変わった。
「なんだこりゃ?」
思わず口に出してしまう。改札口を出て駅を降りるとそこには見たことのない景色が広がっていた。
ロータリーの形は同じであったが、そこを走る車が何世代も前のモノであった。よく見ると、駅前駐輪場を経営する何軒かの家も古臭い感じがあった。
遙乃も同じ疑問を抱いたようで、思わず口走る。
「私たちは逆浦島太郎になってしまったのでしょうか・・・?」
「んなバカな!?」
当然だろう。いきなり目の前の景色が時代を逆行してしまっていたら、疑問に思わない者は居ないはずだ。
そして、ふと周りを見渡すといつも大勢居るはずの学生が一人もいないことに気が付いた。
「おいおい、誰か居ないのか?」
そう言って悠夜は人が居ないかを探すことにした。
しかし、駅の構内を見まわしても駅員や他の学生は誰も居なかった。

そうこうしている内に、階段を上る足音が聞こえた。聞き覚えのある話し声が聞こえる。
「あ、上野先輩!」
そこに居たのは橋下美奈(はしもと みな)、大南洋介(おおみなみ ようすけ)、峰岸めぐみ(みねぎし めぐみ)の3人だった。彼女達は悠夜達の高校と同じ敷地内にある中学の生徒で、なぜか懐かれて一緒に帰ることもある間柄である。
「良かった。お前らが居たか。」
「あんまり良かったと言えるような状況じゃないですけどね。」
「でも、居ないよりマシですね。」
そう言いつつ、彼らは駅の待合室に向かった。




 「さて」
悠夜は切り出す。
「見ての通り、どうも俺達は過去の世界に来てしまったらしい。」
もはや共通認識となっている事象を述べる。
「この状況を打破する為にも、周囲の状況をより認識するべきだと思う。」
悠夜の言葉に全員が頷く。
「俺がひとっ走りして辺り一帯の状況を確認してこようと思う。皆勤を狙っているのならば悪いが、お前達はここで待っているんだ。」
「今更そんなこと言ってる場合じゃないでしょう。」
遙乃のツッコミが入る。
「というか、一番あなたが狙ってたじゃないですか。」
しばし笑いに包まれる。こんな状況だ。少しでも気を紛らせなければ持ちそうにない。
「ははは。まあそれは置いといてだ。ここに残るに当たって少し注意しておく。」
全員が再び注目する。
「俺達全員に共通する事柄として“列車の中で眠ってしまっていた”ということがある。そこから考えるに、この状況の原因はあの列車だったと考えられる。」
そう、眠ってしまっていたのは悠夜と遙乃だけではなかった。となれば、一番怪しいのはその眠っている間である。恐らくその間に“何か”があったのだろう。
「だから、焦って列車に乗ろうとするなよ。行き先が元の世界だとも限らん。」
「確かに一番怪しいのはそこですよね。」
美奈が答える。

「俺が戻ってくるまでここを離れるんじゃないぞ。」
そう言って出かけようとする悠夜を遙乃が呼び止めた。
「ちょっと待ってください。」
「どうしたんです?」
「やっぱり悠夜くん一人じゃ心配です。私も一緒に行きます。」
そう遙乃は言う。無理もないが、不安になったのかもしれない。
「おいおい、あいつらを置いていく気ですか、先輩。」
「そんなんじゃないですけど、やっぱり一人にするのは心配ですし――」
「そう簡単にくたばってたまりますか。それに、俺達は上級生です。あいつらをほっぽっとくわけにはいかないでしょう。」
「でも・・・」
食い下がる遙乃。だが、悠夜は頷こうとしない。
「こういう場で無茶をするのは男子の特権ですよ。俺が安心して調査に行く為にも、先輩はここに残ってください。」
悠夜は続ける。
「先輩を傷つけたくないんだ。心配なのは俺も一緒ですよ。」
その言葉に、遙乃は残ることを決めた。時折見せる悠夜の男らしさは、以前にも助けられたことのある遙乃にとって言い返せない点の一つである。
「・・・わかりました。でも、必ず帰ってくださいね。」
「まかせろ。」
少し後、後ろから声が聞こえる。
「先輩方、私達のコト忘れてませんか?」



 
 駐輪場を見ると、そこはただの一軒家だった。どこにも自転車を置いている気配がない。仕方がないので悠夜は歩いて行くことにした。
桜並木に入ろうとすると、そこには奇妙な老人が居た。やけに背に低いその人は、重そうにリヤカーを引きながら熱く煮えたぎっているように見える岩石をトングで拾い集めていた。服装はボロボロで、見るからにどこかの奴隷のようである。
市街地のはずれ、最初の信号の辺りは今まで通りだった。いつも見慣れた光景である。
更に歩き続け、渡良瀬川の橋にさしかかると、そこからは対岸に見たこともない程に発展した市街地が見えた。
(なんだここは?最初は過去に来ただけかと思ったが、なんだか過去と未来が交じり合っているみたいな――)
そう思った矢先、橋の方から聞きなれた声がするのが聞こえた。
「ほぼ君の思っている通りだよ。」
声の主は太田駅に居なかったはずの宮永剣一であった。
「剣一か!?お前太田駅に居なかったクセにこんなとこでなにやって――」
「残念だけど、ボクは君の知ってる宮永剣一じゃないんだよ。」
「はぁ!?だってお前・・・」
「見た目なんて相対的であまり意味の無いものだよ。ボクと君が同じモノを見てるなんて誰にもわからない。人間なんて所詮主観でしかものを捉えられないからね。」
「そりゃそうだが、じゃあお前は誰だっていうんだ?」
いきなり物凄いことを言ってのける彼に悠夜は尋ねる。
「ボクはこの世界の君って所かな?」
反論もとんでもないものだった。

「・・・・・。」
言葉が出ない。
「まあ当然の反応だね。でも、これが現実なんだよ。」
「・・・。」
「納得はできなくとも仕方ないんだけど、でもこの現実を何とかするためにも理解はして欲しいかな。君も見たでしょ。今この世界には周辺の並行宇宙の要素が入れ混じって訳分からない状態になってるんだ。」
「自分の目で見たことだ。難しいが、理解してみよう。だが並行宇宙、だと?」
この現実を見てしまった以上、理解するしかない。悠夜はそう思って話を聞くことにした。
「その通り。ここは君の居た世界のいくつか隣にある世界なんだよ。」
「マジか。」
「うん。なぜかは僕も分からないんだけど、今ここら一体の並行宇宙の事象バリアーが崩れてきてるんだ。そのせいで並行宇宙が平行でなくなってきて、そのしわ寄せがこの世界に来てるらしいんだ。だから現在過去未来が入れ混じったようになってしまってる。」
「ちょっとまて。並行宇宙の概念はわかるが、なぜ異なる時間が入れ混じる?」
「君の世界ではそこまでの認識に至っていないようだね。説明すると、並行宇宙の考え方は分岐した川の流れに例えられるんだ。」
「確立分岐のことだな。」
「その通り。でも、分岐した宇宙はそれぞれの確立ポテンシャルによって総エネルギー量が違ってくるんだよ。」
「確立ポテンシャル?」
「どれだけの確立を持って分岐したかってことかな?例えば、第二次世界大戦。あれで日本の負けはほぼ決定的だったんだけど、勝ったという確立もほんの少しだけあるんだ。でも負けた世界は確立が大きいから相対的に勝った世界より総エネルギー量が大きくなるんだよ。」
「するってと、総エネルギー量の差によって流れのスピードが違うってことか?」
細い川ほど流れが速いのと同じ理屈である。
「そういう事。だから元々の確立分岐以外に時間差も交じって本当に訳が分からない状態になってるんだ。」
「なるほど。状況は分かった。だがなぜ俺たちなんだ?」
「多分僕らが“時間列車”に乗ってしまったからだろうね。」
「“時間列車”?」
「事象バリアーが崩れたときの波だよ。その波に乗っかるように色んな人たちが世界を渡ってしまったんだ。波って言ってるけど、さっきも言ったように見た目は相対的なもので意味が無くて、僕らからしたら列車の形に見えるから“時間列車”って呼ばれてる。」
「やはりそこか。怪しいのは列車に乗ったことだと思ってたんだ。」
「君も時間列車に乗ったから僕らはこうして話ができるらしい。」
「でだ、根本的な質問に戻るが、俺たちはどうやって帰ったらいい?」
「俺達?」
「言ってなかったか。この世界に来たのは俺の他に先輩1人と後輩3人の計5人だ。」
「そりゃまた初めてのケースだ。驚いた。5人も一気に世界を渡るなんてことがあるんだね。」
「なんだ、普通はもっと少数か?」
「世界を渡ること自体普通じゃないけど、僕が聞いた限りじゃ1人だけだよ。君に引きずられてきたのかな?」
「ふむ。」
「まずいね。一人ならば元の世界に戻す装置はできてるんだけど、時間が足りないんだ。」
「時間が足りないってどういうことだ?」
「さっきも言ったように並行宇宙が平行でなりつつあるんだけど、そのせいでこの世界に情報が集まりつつあるんだ。その結果この世界は時間流の無限暴走を起こしかけてるんだよ。そのタイムリミットは今日の夕方5時。」
「今何時だ?」
「12:00ちょうどだね。あと5時間。」
「そんな話し込んでたか?」
「それが時間流の無限暴走ってことだよ。まだ体感時間とのズレ程度で済んでるけど、タイムリミット過ぎると暴走を抑えられなくなって一種の時空崩壊を起こすらしい。」
「マジかよ。」
「5人じゃもう一度時間列車を探すしか方法はないね。急いで駅へ戻ろう。」
そうして二人は駆け足で駅へと向かっていった。





 駅に着くと、4人が出迎えた。どうやら大事なかったらしい。
「悠夜くん!」
「お待たせです。先輩。」
そして悠夜は4人に現状の説明をした。悠夜と同じく最初は半信半疑だったようだが、反論材料もないので納得しているようだ。

説明が終わった所で遙乃は悠夜に尋ねた。
「ところで、宮永くんと同じ容姿をしてるっていうこの世界の悠夜くんってどこにいるんです?」
「どこって、俺の隣にいるじゃないか。」
「え?私には見えないんですけど・・・」
「ウソだろ?」
「先輩、俺にも見えません。」
洋介にも見えないという。どうやら彼は悠夜にしか見えないらしい。
「ボクは君にしか見えないみたいだね。ボクらが二人して時間列車に乗ってしまったせいかもしれないね。」
「どうやらそのようだな。この世界の先輩達は乗らなかったのか?」
「どうだろう?ボクは“虹口遙乃”っていう人は知らないから、もしかしたらこの世界には存在しないのかもしれないね。」
「そんなことってあるのか?」
「世界は確立の数だけ存在してるんだよ。そういう世界もあるさ。」
「忘れてた。そういえばそうだったな。」

「というわけでまあ、5人もいると時間列車でしか元の世界には帰れないらしい。」
まとめる悠夜に遙乃が尋ねる。
「あの、先程の説明の中に“見た目は相対的で意味がない”ってありましたよね。ということは、そこに止まってるタクシーでも帰れるのではないでしょうか?」
「―――!?」
「そうか、その手があった!」
剣一もハッとした顔で頷く。彼にも思いつかなかったらしい。

人間案外先行するイメージがあるとそれに反するイメージにはたどり着けないものである。悠夜と剣一の場合、“時間列車”という“列車”のイメージが先行していた為に他の交通手段を使うという発想にたどり着かなかった。
その点、それに気づいた遙乃はなかなか優秀である。

「よし、さっそく聞きに行こう。」
「ちょっと待って。」
調査に行こうとする悠夜を剣一が止めた。
「時間列車の場合行き先は一本だけど、タクシーの場合路線があるわけじゃないから行き先の具体的なイメージが無いと行けない可能性がある。君も含めて、元の世界を覚えてるかい?」
「んなもん覚えてるに決まって――あれ?元の世界ってどんなだった?」
他の4人にも尋ねると、やはり4人とも記憶が曖昧になってきているとのことだった。
「やっぱり。君たちはこの世界に居過ぎたんだ。時間渡航者によくあるんだけど、行き先の世界と時間に体が同化・順応して元の世界を思い出せなくなることがあるんだよ。」
剣一は警告する。
「まだ5人の記憶を合わせれば何とかなるかもしれない。君はボクと一緒にいたから同化があまり進んでないと思うけど、後輩組は怪しいかもしれないね。調査にはボクと君と虹口さんだけで行こう。」
「分かった。」





駅舎を離れてロータリーのタクシー乗り場に行くと、そこには黒のタクシーが一台あった。
会社名には「無限タクシー」とある。
言いだしっぺということで、聞き込みには遙乃が行くことになった。
「あの、すみません。」
「お、かわいい嬢ちゃんが尋ねてくるとは珍しいこともあるもんだねぇ。どした?」
「このタクシーで“時間列車”のように世界間移動はできないでしょうか?」
「お、珍しいことを言うな嬢ちゃん。今の俺様は気分がいい。どこえだって行ってやるぜ。」
「ありがとうございます。」
OKらしい。安心した悠夜は美奈達を呼びに行った。

美奈達はなんとか記憶を繋ぎ合わせて元の世界・帰るべき時間を思い出すことに成功していた。
そしてタクシーに連れて行くと、運転手に声をかけられた。
「おいおい、5人も一気に乗れねぇぜ。悪いが一度に3人が限界だ。」
「なんとかもう一人乗せられないですか?」
「無理だな。嬢ちゃんに聞いたが、その行先じゃあエネルギーが足りねぇんだ。」
「クソッ。仕方ない。橋下、洋介、峰岸。お前らが先に帰れ!」
「そんなわけには行かないですよ、先輩!」
「こういう時は後輩を先に行かせるもんだ。ちょうど記憶を補完できてるのはお前らだけだしな。」
「「「でも・・・・」」」
「いいから黙って行く!先輩命令だ。」
しぶしぶ頷いてタクシーに乗る3人。空気を読まないのか、運転手だけはゲラゲラ笑っていた。
「はっはっは。若いねぇお前さん達。さてさっさと乗りな。行くぜ。」

タクシーが去った後、残った悠夜達は時間列車が来るのを待った。
だが、来る列車はいずれも2012年10月5日行きではなかった。
無情に時間だけが過ぎていく。
世界崩壊のタイムリミットまで主観時間で1時間。





10本目の列車でようやく2012年10月5日行きの列車が現れた。
だが、それは普通列車ではなく貨物列車であった。そのせいで乗れるスペースが狭く、二人でぎりぎりであった。
「さあ急いで乗って。」
「ああ。いろいろありがとう、剣一。」
「いいよ。ほら急いで。停車時間は短いんだ。」
「ああ。またな。」

剣一に別れを告げた悠夜は遙乃を連れて貨物列車に乗った。
ただし、スペースは最後尾のタラップであり、“乗った”というより“しがみ付いた”という方が正しい。しかも、他にも同じような人達が乗っているので尚更である。
そんな状態で乗っているものだから走っている時のちょっとした衝撃で落ちそうになってしまう。
「結構キツイですね。」
「そうですね。でも、太田までの辛抱です。」

そう話している時、列車に大きな衝撃が加わった。
「ぬぁっっっっ。」
「きゃぁぁぁぁ。」
遙乃だけは衝撃で落ちそうになるも、隣に乗っている人が差しのべた手を掴むことができた。
悠夜は手を掴むことができず、落ちてしまう。
「悠夜くん!」
「先に行け!」
二人は叫ぶ。

遙乃は悠夜を追って飛び降りようとするも、助けてくれた人に止められる。
「よせぇっっっ!」
「行かせてぇ!」
「バカヤロウ!アンタまで死にたいのか!」
「悠夜くん!!!」
遠くなるうずくまる悠夜の姿に、遙乃はずっと叫び続けた。しかし、阿左美駅まではカーブと坂が続く。いつまでも悠夜の姿を確認することはできなかった。




落ちた悠夜は衝撃で全身を強く打っていたのでその場で悶え、動くことができずにいた。
そうして激痛に耐えていると、そこに剣一が現れた。
「大丈夫かい?」
「ん・・・うぅ・・・剣一か?」
「そうだよ。」
剣一は悠夜を線路から運び出すと応急手当をした。大けがにならずに済んだらしい。
「いちち・・・・」
「危なかったね。」
「何が起きたんだ?」
「世界の崩壊が思ったよりも広範囲に影響を与え始めたみたい。」
「時間が無いな。」
「そうだね。ここからだと新桐生駅の方が近い。時間列車が止まる前になるたけ急いで戻ろう。」
そうして悠夜は健一に支えらながら、新桐生駅を目指した。

新桐生駅に着くと、もうタイムリミットの10分前だった。
剣一は悠夜を気遣ってベンチに座らせた。
「先輩達は大丈夫だろうか?」
「君の世界は消滅対象だからね。君も含めて他の時間渡航者が全員戻れてないとヤバいね。」
「なんとか戻らねぇとな。先輩を死なすわけにはいかねぇ。」
「気になってたんだけど、君と虹口さんって付き合ってるのかい?」
「そんなんじゃねぇよ。ただ、昔から一緒にいるだけさ。」
「そっか。ボクにはそうは見えなかったけどな・・・」
剣一もベンチに座りながらそう話す。
「よせやい。そんなんじゃねぇって。」
「ははっ。戻れたら正直になってみたら?」
「戻れたら、な。でも――」

その時、列車が来る時の警告ベルが鳴った。
最後の列車は特急列車だった。行き先は2010年10月6日行き。
最後のチャンスだった。

「まだ君にはツキがあったみたいだね。さあ行って。世界を、虹口さんを守るんでしょ。」
「ああ。」
悠夜は特急列車に乗る。
景色を見るともう駅の周りは崩れかかっていた。なんというか、セピア色に色が抜けて風化していくような光景だった。

――崩壊は近い。





列車の扉の中から悠夜は剣一に話す。
「今度こそお別れだな。」
「そうだね。」
「もう一人の自分と話せるなんてもう無いだろうな。楽しかったぜ。」
「そんな機会、有っちゃいけないけどね。でも、僕も楽しかったよ。」
二人は握手を交わす。
そして、発車ベルが鳴る。
「じゃあ、またな。」

剣一と別れた悠夜は空いている席に座り、目の前のモニターにメモをする。
「虹口 遙乃」と。

そしてまた、意識を失っていった。





「太田ー。太田です。御降りのお客様はお手回り品を確認の上、降りる準備をしてお待ちください――」
そのアナウンスに悠夜は目を覚ます。
(行きと同じだな・・・・)
そう思いつつ、悠夜は列車を降りた。時計を見ると、午後5時半だった。どうやら世界の崩壊は免れたらしい。
安心してため息をついたその時、後ろから声が聞こえた。
「――お帰りなさい、悠夜くん。」
振り返りつつ、剣一の言った「素直になってみたら?」という言葉を思い出す。
少々迷いつつも、こう返すことにした。
「ただいま、遙乃。」


あとがき
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